折り紙作品のできるまで:馬編

『折紙探偵団』58号(1999年/入手困難)に掲載されたもののウェブ再録です。今読むと若さ溢れすぎている文章で、手直ししたいのはやまやまですがそこは堪えて注を付け加えるかたちにしました。

2016/01/03公開

はじめに

 5月、コンベンションの為に新作を用意したいと思い、馬の創作に取り組みました。このモチーフは高校生の頃から折ってみたくてことあるごとに試してきたのですが、なかなかに難しく納得する形を得ることが出来ずにいたものです。それが今回あるきっかけからちょっと面白いものが出来ました。その完成に至るまでに、いくつかのプロトタイプが存在しました。それらはいわば道しるべのようなものです。ある試みが最終形を導くのになくてはならなかった、ということがよくあります。ぼくの場合、その流れがある偶然性を持っているところに創作のおもしろさを感じます。人の目に触れることのあまりない、そんな試作品たちを紹介しながら、ぼくの創作体験といったものを書いてみたいと思います。

[2016年追記:「コンベンション」は第5回折紙探偵団コンベンションのこと。当時筆者は22歳でしたので、馬に挑戦し始めてから大体5年くらい経っていたことになります。]

動物を折る

 ケーススタディの前に、「折り紙で動物を折る」ことについて考えてみます。ただ紙を折ることによって、無機的な形からいきいきとした姿が生まれでるのはそれだけで楽しいものだと思います。これら2つの異質なものが「見立て」によって出会う、このことは折り紙の醍醐味の1つでしょう。

 次に実際に1枚の紙から動物を折り出すことについて考えます。まず動物は左右対称であるので、紙の上でも左右対称に折り出すのが普通です。これには2種類しかありません(図1)。いわば「背骨の設定」ですがこの2種類の内どちらを取るかは、折る対象によっては非常に重要な問題となります。

図1

[2016年追記:ここでは左右対称を当然のように選択していますが、「背骨」を正方形に対して少し斜めに取ったり、完全にパーツを非対称に置くような配置ももちろん可能です。ただし紙の重なり等で不利が出やすい問題点もあるため、通常は対称軸が選択される、ということです。ポーズ付けを見越した非対称配置はまだ未開拓の分野として今後も発展があるものと思われます。]

 次はちょっと説明が難しいのですが、ぼくが勝手に「背割れ、腹割れ」などと呼んでいる、全体の折り出しについての問題です。図2を見て下さい。

図2

 それぞれ単純に手足となるカドを折り出したものです。Aは豚の基本形を山折りにしたもので、背中に紙の裏白が見えます。まれにBのような向きで使うこともあります。逆にCは谷折りしたもので背中はスムースになっています。Dは分かりにくいですがA、Cを前後で分けているものです。Eは少し違って、紙の内部を寄せるようにして畳んでカドを折りだしています。

 ただこの分類ははっきりしたものではなく、折りが複雑になるとDのように混ざりあって折り出されることがあります。そしてこれらのそれぞれに特長があって創作者はモチーフに応じてどう折るかのイメージをふくらませていくことになります。たとえばインサイド・アウト作品を作ろうとしたらA(またはD)を選択しなければならないでしょう。

[2016年追記:この記述は「背割れ・腹割れ」という用語の初出文献ではないかと思います。この記事では具体的な分類をしていませんが、私としてはAが背割れ、B・C・Eが腹割れ、Dは混合型という認識でした。これは現在も同じです。また、こんな分類をしておきながら記事中で「馬」がどのタイプに相当するかを書き漏らしていますが、これは「E」ということになります。]

馬をどう折るか

 馬の写真を見つつ、どんな感じにするかを考えます。以前は目の折り出しやたてがみなどの色分けを試みようとしたこともありましたが、今回は「リス(図3)と同路線のデザイン/構造を持った動物」という、今ぼくがもっとも考えているテーマに沿って考えることにしました。これについては話し始めるととても長くなってしまうのですが、一言でいうと「展開図的構造と最終完成形をより融合する」ということです。

図3

 漠然とですがイメージが出来てきたので、大まかなカド配置を決めます。今回は背骨を対角線に取り、スタンダードな「動物の六角形」をベースにすることにしました。実際にカドを折り出したりするのは試行錯誤で行うので、現時点では全体をどう折り畳むかは決定しません。とりあえず頭部構造から折り始めることにしました。写真をスケッチしてどのような面で表すかを考えます。首を曲げたところを折り出したいといくつかのアイディアを試した結果、なかなか面白い形が出来ました(図4)。頭が決まったので次にこれに体をつけることを考えます。

図4

プロトタイプー1

 まずは1:√2の比率をもとに正方形への埋め込みを試行錯誤で試みました。この作業は経験とカンが全てで、折っている最中は実際トランス状態のような感じです。折り線のパターンとそれから生じる形をひたすらに探していくこの過程は非常に楽しいものです。

[2016年追記:冷静に「トランス状態」は言い過ぎですが(笑)、集中して折っていると無意識的な折りが混入して、後から振り返ったときになぜこう折ったのかが自分でも分からなくなる、ということが起きたりします。もっとも、指に任せすぎることにもデメリットがあります。]

図5

 そしてまず形になったのは図5です。しかしこれは全く駄目で、胴が短く後足や胴を細くするのがすっきりいきません。

[2016年追記:展開図を見ると分かるように、後ろ足のカドが90度なので、腰のところで段折りして強引に細くする必要があります。]

プロトタイプー2〜2.5

図6

 そこで長めと思われる前足の折り出しを変えてみると、胴が長くなり後足も折り出しやすくなりました(図6)。けれどもまだ後ろ足を細くする方法が技巧的で、折り図にしにくい、と感じました。また胴に余計な線が出てきて、これを目立たなくする折り方もなかなか面倒です。

[2016年追記:展開図中央部に描かれている破線について説明が省かれていますが、この線を使って余計なフチを中心線まで運ぶような折りをしています。]

 後足の問題は置いておいて、胴の無駄な線を消せないかと折ってみた結果、そのほかの部分に影響のないまま、内部の構造だけが変わりました(図7)。これは嬉しいことに体の「開き止め」の機能を持つものでした。

図7

 なかなかまとまってきたので、これで完成か、とも思いましたがやはり後足が気になります。どうやら後足のまわりに余裕がないためと考え、展開図の検討をすることにしました。その結果、全体のカド配置を変更することに決めました。

プロトタイプー3.1〜完成

図8

 前半身はそのまま残したいので正方形の尾の側を拡張することにして、その幅を埋め込みがうまくいくような割合でいくつか考えてみて、一番小さいものでまず試行錯誤してみました(図8)。これは完成形を出来るだけ大きいものにしたいからです。

図9

 結果は図9のようになり、非常にきれいに後足が出てきました。長さも少し長いくらいで、十分に足の関節が折り出せます。こういう時は直感的にこれが答えと解るのです。答えというのは川崎敏和さんのいうところの「極大」であるということで、これ以上いじれない状態のことです。ぼくは創作をするときに、いわゆる「任意角」を使わず直角の4等分をもとにしますが、これは折りやすいといった理由の他に、全体に生じる統一感といったものによりこの極大が解りやすくなる、といったこともあるのです。

[2016年追記:「極大」の判断を基本形に対するものとして使っていて、基本形以降の折りについてあまり考えてなさそうな様子が当時の自分の関心を反映しています。仕上げの洗練について深く考えるようになったのはもう少し後のことでした。]

 「馬」が完成しました。

図10

振り返って

 はじめに創作過程がある偶然性を持っていると書きましたが、完成形の展開図を見てみると、とてもいきなりこれを思いつくことは出来ないと感じます。こういった作者の考えを超えたものが生まれるのはなんだか不思議です。またP-2.5から完成形を得られたのは、展開図的考察なしには出来なかったでしょう。

おわりに

 どうでしたか? 創作をされない方にも、ぼくが創作過程で感じている「紙がその物になっていくのをただ見ていたり、時には積極的に手助けしたり」というような感覚が伝わったら幸いです。ひとつひとつの作品にそれぞれの創作過程があって、それぞれ作者の体験した感動があるでしょう。作品を折るという折り紙ならではの追体験で、それが伝わればすばらしいと思います。

 さて、しかしまだやらねばならないことがあります。折り図を描くための折り工程を探さなければいけません。発表を前提とした作品づくりでは詰めの重要な作業になりますが、この「馬」は結構難しくてきれいな工程がなかなか見つかりません。この問題が解決し、折り図が完成したらぜひ折っていただきたいと思います。

[2016年追記:最初の折り図は、この記事の4ヶ月後に発行された『折紙探偵団』60号に掲載されました。このあたりのスピード感も当時抱いていた興奮を物語っているようです(同じ期の号に掲載されたことが嬉しかったのを覚えています)。そこからさらに12年後、改めて仕上げの検討を加えたバージョンとして、拙著『小松英夫作品集』に折り図を収録することができました。]